「コム デ ギャルソンのデザイナーって誰?」
「川久保玲以外にもデザイナーがいるの?」
「sacaiやkolorもギャルソン出身って本当?」
コム デ ギャルソンに興味を持った方なら、一度はこんな疑問を持ったことがあるのではないでしょうか。
結論から言うと、コム デ ギャルソンには現在4人のメインデザイナーがいます。創業者の川久保玲を筆頭に、渡辺淳弥、栗原たお、二宮啓という実力派が各ラインを担当。さらに、ギャルソン出身のデザイナーたちが世界で活躍するブランドを次々と立ち上げています。
この記事では、コム デ ギャルソンのデザイナー情報を網羅的にまとめました。川久保玲の経歴から現役デザイナーの担当ライン、さらにギャルソン出身デザイナーが手がける有名ブランドまで、徹底解説します。
コム デ ギャルソンのデザイナーは誰?川久保玲という存在
こんにちは、宅配買取QUOTの小松です!
コム デ ギャルソンを語る上で、まず知っておくべきは創業者である川久保玲(かわくぼ れい)という人物です。
1942年東京生まれ。2025年現在も株式会社コムデギャルソンの代表取締役社長兼デザイナーとして第一線で活躍しています。80歳を超えてなお、パリコレクションで新作を発表し続ける姿は、まさに「生きるレジェンド」と呼ぶにふさわしい存在です。
川久保玲の経歴。スタイリストからデザイナーへ

川久保玲のキャリアは、意外にも服飾の専門教育を一切受けていないところからスタートしています。
慶應義塾大学文学部哲学科を卒業後、1964年に旭化成に入社。繊維宣伝部でスタイリストとしての経験を積みました。しかし、広告撮影の仕事で「自分がイメージした服がどうしても見つからない」という経験から、1968年に自ら服を作り始めます。
そして1969年、ブランド「コム デ ギャルソン」を立ち上げ。ブランド名はフランス語で「少年のように」という意味。当時の女性らしさを強調するファッションとは真逆の、自由で束縛されないスタイルを提案するという宣言でした。
川久保玲の経歴まとめ
・1942年 東京生まれ
・1960年 慶應義塾大学文学部哲学科入学
・1964年 旭化成入社(繊維宣伝部)
・1967年 フリーランスのスタイリストとして独立
・1969年 コム デ ギャルソン設立
・1973年 株式会社コムデギャルソン設立

服飾の学校に通っていないのに世界的デザイナーになった。川久保玲の独学精神がコムデギャルソンの原点なんだにゃ!
「黒の衝撃」でパリを震撼させた1982年

川久保玲の名を世界に轟かせたのが、1982年のパリコレクションでした。
当時のパリは、ボディラインを強調した華やかなスタイルが主流。そこに川久保玲が持ち込んだのは、真っ黒な服、穴の開いたニット、直線的でノンセクシャルなシルエット。西洋の美意識とは真逆のスタイルでした。
ファッションジャーナリストたちの評価は真っ二つに割れました。「ボロ布のようだ」「ヒロシマ・シック」と揶揄する否定派がいる一方、「新しい女性の生き方」「美の概念を覆した」と絶賛する賛成派も。この賛否両論こそが、川久保玲の革新性を物語っています。
日本では「カラス族」と呼ばれる黒ずくめのファッションが大流行。コム デ ギャルソンは一気に時代を象徴するブランドになりました。
メトロポリタン美術館で個展。生きるレジェンドの評価

川久保玲の功績を象徴する出来事が、2017年のメトロポリタン美術館での展覧会です。
「Rei Kawakubo/Comme des Garçons Art of the In-Between」と題されたこの展覧会は、存命中のファッションデザイナーとしては1983年のイヴ・サンローラン以来、実に34年ぶり2人目という快挙でした。
展覧会の内装デザインも川久保自らが手がけ、約40年にわたる創作の軌跡を展示。ファッションを単なる衣服ではなく、アートの域にまで高めた功績が世界的に認められた瞬間でした。
川久保玲の主な受賞歴
・1983年 毎日新聞ファッション大賞
・1992年 フランス芸術文化勲章(シュバリエ)
・2004年 フランス国家功労勲章
・2012年 CFDAファッションアワード国際賞
・2017年 メトロポリタン美術館で展覧会開催
・2019年 イサムノグチ賞(ファッションデザイナー初)

存命中にメトロポリタン美術館で個展って、イヴ・サンローラン以来なんだにゃ!それだけ川久保玲の評価は別格ってことだにゃ!
コムデギャルソンの現役デザイナー4人とその担当ライン
コム デ ギャルソンは現在、約20のブランドラインを展開しています。そのすべてを川久保玲一人で手がけているわけではありません。
現在、メインデザイナーとして活躍しているのは川久保玲、渡辺淳弥、栗原たお、二宮啓の4人。それぞれが異なるラインを担当し、コム デ ギャルソンの多様な世界観を作り上げています。
渡辺淳弥。川久保玲の右腕として副社長を務める実力者

渡辺淳弥(わたなべ じゅんや)は、川久保玲に次ぐコム デ ギャルソンの重要人物です。現在は株式会社コムデギャルソンの副社長も務めています。
1984年にコム デ ギャルソンに入社し、トリコ コムデギャルソンのデザインを担当。その実力が認められ、1992年に自身の名を冠した「JUNYA WATANABE COMME des GARÇONS」を立ち上げました。
渡辺淳弥の特徴は、異素材を組み合わせる「ハイブリッド」の技法。デニムとツイード、レザーとナイロンなど、相反する素材を一つのアイテムに落とし込む手法で知られています。また、Levi’sやTHE NORTH FACEなど、様々なブランドとの「ダブルネーム」コラボレーションの先駆者でもあります。
渡辺淳弥が担当するライン
・JUNYA WATANABE(レディース)
・JUNYA WATANABE MAN(メンズ)
・eYe JUNYA WATANABE MAN
・COMME des GARÇONS HOMME(オム)
カニエ・ウェストが2021年のアルバム「Donda」の中で「Junya」という楽曲を発表するなど、海外セレブからの支持も厚いデザイナーです。
栗原たお。ニットの魔術師がTAOで見せる新境地

栗原たお(くりはら たお)は1973年生まれ。ロンドンの名門校セントマーチンズ美術大学を卒業後、川久保玲のクリエイションに衝撃を受けてコム デ ギャルソンに入社しました。
渡辺淳弥のアシスタントを経て、2002年から「tricot COMME des GARÇONS(トリコ)」のデザイナーに就任。トリコはフランス語で「ニット」を意味し、ニットに特化したラインとして知られています。
2022年からはブランド名を「TAO」に変更。川久保玲から「そろそろ自分の名前で仕事をすれば気持ちが締まるのでは」と提案されたことがきっかけでした。
栗原たおの特徴は、フェミニンで愛らしいデザイン。黒を基調としたコム デ ギャルソンのイメージとは異なり、若々しく軽やかなスタイルを提案しています。毎シーズン約300型ものサンプルを発表する精力的な活動も特筆すべき点です。

ギャルソンの中でも「着やすさ」を重視しているのがTAOの特徴。入門編としてもおすすめなんだにゃ!
二宮啓。黒の美学を追求するノワールケイニノミヤ

二宮啓(にのみや けい)は、コム デ ギャルソンの中で最も若いメインデザイナーです。
もともとはコム デ ギャルソンでパタンナーとして働いていましたが、川久保玲に才能を見出され、2012年に「noir kei ninomiya(ノワール ケイ ニノミヤ)」を立ち上げました。ノワールはフランス語で「黒」を意味します。
二宮啓の特徴は、黒の多様性と奥行きを追求するクリエイション。チュールやジョーゼット、オーガンジーなど柔らかい素材を使い、黒の神秘的な美しさを表現しています。コレクションで使う黒以外の色は「黒を際立たせるための手段」と本人が語るほど、黒への執着は徹底しています。
2018年にはパリコレデビューを果たし、同年「モンクレール ジーニアス」のクリエイターにも選出。若い世代から特に支持を集めています。
コムデギャルソン出身デザイナーが立ち上げた有名ブランド
コム デ ギャルソンは、優秀なデザイナーを数多く輩出してきた「学校」のような存在でもあります。
ギャルソンで経験を積んだデザイナーたちが、独立後に世界で活躍するブランドを次々と立ち上げています。「コムデギャルソン出身」は、ファッション業界では一種のブランドになっていると言っても過言ではありません。
sacai(サカイ)阿部千登勢。日常の上に成り立つデザイン

阿部千登勢(あべ ちとせ)は、コム デ ギャルソン出身デザイナーの中でも最も成功した一人です。
1989年にコム デ ギャルソンに入社し、川久保玲・渡辺淳弥のもとでニットパタンナーとして経験を積みました。1997年に妊娠をきっかけに退社し、1999年にわずか5型のコレクションで「sacai」を立ち上げます。
ブランドコンセプトは「日常の上に成り立つデザイン」。ベーシックなアイテムに独自の解釈でひねりを加え、異なるテイストを同じアイテムに同居させる「ハイブリッド」の技法で知られています。
2011年にパリコレデビュー。NIKEやDiorなど世界的ブランドとのコラボレーションも多数手がけ、日本を代表するファッションブランドに成長しました。

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kolor(カラー)阿部潤一。素材の魔術師と呼ばれる理由

阿部潤一(あべ じゅんいち)も、コム デ ギャルソン出身の実力派デザイナーです。
文化服装学院卒業後、コム デ ギャルソンでパタンナーとして活躍。渡辺淳弥がトリコのデザイナーを務めていた時期に同じチームで働いていました。2004年に独立し、「kolor」を立ち上げます。
阿部潤一は「素材の魔術師」と呼ばれています。独創的な素材使いと、パターン・縫製のバランスにこだわったものづくりが特徴。「大人が着る普段着」をテーマに、着心地と実用性を重視したデザインで幅広い年代から支持されています。
その他の出身ブランド。TOGA、beautiful people、FUMITO GANRYUなど

コム デ ギャルソン出身のデザイナーは他にも数多くいます。
主なコムデギャルソン出身ブランド
・TOGA(トーガ):古田泰子がデザイナー。異素材ミックスとエッジの効いたデザインが特徴
・beautiful people:熊切秀典がデザイナー。トレンチコートが有名
・FUMITO GANRYU:丸龍文人がデザイナー。元はギャルソン社内ブランド「GANRYU」
・White Mountaineering:相澤陽介がデザイナー。アウトドアテイストで人気
・WELLDER:清水則之がデザイナー。クラシックをモダンに昇華
これだけ多くの有名ブランドを輩出しているのは、コム デ ギャルソンが単なるファッションブランドではなく、デザイナーを育てる「学校」としての機能を持っていることの証明です。
川久保玲の「常に新しいものを追い求める」という姿勢は、出身デザイナーたちにも受け継がれています。それぞれが独自の表現を追求しながらも、どこかにギャルソンのDNAを感じさせる。それがコム デ ギャルソン出身デザイナーに共通する特徴です。

「ギャルソン出身」というだけで、ファッション業界では一目置かれる存在。それだけ川久保玲の影響力は大きいんだにゃ!
まとめ:コムデギャルソンは日本ファッション界の最高峰
ここまでコム デ ギャルソンのデザイナーについて詳しく見てきました。
この記事のポイント
・川久保玲は1969年にブランド設立。服飾教育を受けずに世界的デザイナーに
・1982年「黒の衝撃」でパリのファッション界を震撼させた
・現役デザイナーは4人:川久保玲、渡辺淳弥、栗原たお、二宮啓
・ギャルソン出身デザイナーがsacai、kolor、TOGAなど有名ブランドを多数設立
・中古市場でも人気が高く、価値が落ちにくいブランド
コム デ ギャルソンは、川久保玲という一人の天才から始まり、今や日本ファッション界の最高峰として君臨しています。そして、ここで育ったデザイナーたちが世界で活躍し、日本のファッションを牽引している。まさに「ファッション界の東大」とも言える存在です。
使わなくなったコムデギャルソンを手放すなら、価値が分かる場所で
コム デ ギャルソンは「分かる人が見ないともったいない」ブランドです。
一般的なリサイクルショップだと、ギャルソンの価値を正しく評価できないケースがあります。どのデザイナーが手がけたラインか、いつのシーズンのアイテムか、素材や縫製のこだわり。これを理解しているかどうかで、査定額は大きく変わってきます。
せっかくのコム デ ギャルソン。価値が分かるところで見てもらった方が、納得のいく結果になります。

コムデギャルソンは奥が深いブランド。デザイナーやラインの違いを理解している人に見てもらうのが大切だにゃ!
コムデギャルソンを売るなら、宅配買取QUOT(クオット)
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コムデギャルソンのこと、ちゃんと分かってる人に見てもらうのが一番だにゃ!
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